メディアの再編:止まらないコードカッティング

“Cord Cutting(コードカッティング)”という言葉を聞いたことがあるだろうか。Netflixを始めとする動画ストリーミングサービスによる既存のメディア業界への影響を紹介する。
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日本と違いアメリカでは無料で閲覧できるテレビ番組は実はほとんどない。 コムキャストやタイム・ワーナーと言った大手の会社とケーブル契約しテレビ番組を見ることが一般的であり、ケーブルテレビへの加入は必要不可欠なものであった。しかし近年そういった状況が変わってきている。

“Cord Cutting(コードカッティング)”という言葉を聞いたことがあるだろうか。Netflixを始めとする動画ストリーミングサービスによる既存のメディア業界への影響を、今回のインサイトでは紹介する。

Cord Cutting(コードカッティング)とは?

インターネットの登場により、メディア業界のプレイヤーやビジネスモデルは大きく変わってきている。それを象徴する言葉として、「Cord Cutting」という言葉が2010年代からアメリカを中心に頻繁に用いられている。

Cord Cuttingとは、「ケーブル(衛星)テレビの契約解除」=「ケーブルを切る」という意味合いから生まれた言葉であり、消費者がケーブルテレビや衛星放送などの従来の有料テレビを解約して、動画ストリーミングサービスの会員になることを意味する。

アメリカのケーブルテレビは通常バンドルと呼ばれる多チャンネルのパッケージで提供され、月100ドルほどで数百チャンネルものコンテンツを閲覧することができる。しかし、ユーザーが実際に視聴するのは多くて2~30チャンネルに過ぎない。動画ストリーミングサービスは月額数ドルから契約可能で「観たいものを、観たい時だけ、観たいだけ」視聴することができ、Cord Cuttingを加速させている。

Cord Cutterの増加

emarketerによると、アメリカにおけるCord Cuttingは依然として増加しており、下表における赤いグラフのPay TV households(従来の有料ケーブルテレビ利用者)は下がり続ける一方、Cord Cutterは増え続けている。

2020年にはアメリカの全世帯の1/5がCord Cutterになると言われている。

Cord Cuttingの言葉が使われ始めた2010年当時はTechCrunchの記事にあるように、以下のような理由もあり放送局は番組のデジタル化を急がなかった。

  • 広告市場に占めるオンライン広告の割合が少なかったこと

  • ケーブルテレビから充分な放映権料収入があり、新しいビジネスモデルに挑戦する合理的な理由がなかったこと

TechCrunchより引用

Convergenceはまたアメリカの大手放送事業者、CBS、Disney/ABC、NBC Universal、News Corp.、TimeWarner、Viacomでは通常の広告売上が$62B(620億ドル)であるのに対し、オンライン広告はその2.5%にあたる$1.56B(15億6000万ドル)を記録している。(ただし、昨年のオンライン広告の売上総額を$1B(10ドル)とする推計もある)。いずれにせよ、通常広告とオンライン広告の間にはまだ巨大なギャップが存在することは明らかだ。しかも昨年はこれに加えてケーブル事業者からの放映権料収入が$34B(340億ドル)もあった。放送局が番組のウェブ化を急がないのには十分な理由がある。

しかし10年経った今、広告ではなくサブスクリプション型のビジネスモデルは多分野に渡って普及しており、ケーブルテレビの解約数は毎年増え続けている。

放送局各社はNetflixに遅れを取る形でデジタル戦略を進めており、Cord Cuttingの勢いを過小評価していたとは言えるのではないだろうか。

コミュニケーション・メディアと通信・デバイス

なぜ、Cord Cutterが増えているのか。動画ストリーミングサービスの隆盛について述べる前に、周辺環境であるユーザーのコミュニケーション・メディア環境について整理する。

90年代は電子メールなどに代表されるようにテキストを中心としたコミュニケーションが発展した。それから技術の発展によりツールも変容し、より情報がリッチな画像や動画を用いたコミュニケーションへとシフトし、特に動画を軸としたネットサービスは増え続けている。テレビ以外のデバイスで動画を視聴する習慣がユーザーに根付いてきていることは間違いないであろう。

また、通信・デバイス環境の変化もCord Cuttingを後押ししている。

日本においては、2010年代以降より一般家庭にwifiが普及されはじめ、今現在は普及率が60%を超えており、屋内で通信容量を必要とするサービスを利用することは当たり前になってきている。

4G回線によりサクサク動画が視聴できる環境が整っていることや、キャリアによる通信大容量プランも登場しており、屋外での動画視聴習慣もユーザーの中で根付き始めているといえるだろう。今後5G通信が本格的にスタートされれば、さらにリッチなコンテンツを楽しむことができるようになるだろう。

このような背景を考えると、テレビ以外のデバイスでの視聴や屋外での視聴を想定してサービスを提供しなければ、マーケットシェアは減るばかりであろう。

テレビ視聴時間の減少

テレビ視聴時間が若い世代を中心に急速に減っていることも、Cord Cuttingを後押しする要因として挙げられる。

emarketerによると、アメリカにおけるテレビ視聴時間は2019年の一年間で全世代平均で3%の減少、10代の間では10%もの減少が報告されている。

この動きはグローバルでみても変わらない。

以下は情報通信白書のデータ(テレビ視聴はリアルタイム視聴と録画視聴の合計時間)をもとにした、テレビ視聴・ネット利用の1日あたり平均利用時間を年代別に表したグラフである。日本においてもテレビ視聴時間の減少は若い世代を中心に急速に進んでいる。

テレビ視聴時間の減少分がネット利用時間の増加分となっており、従来テレビを見ていた時間はスマホやPCからのネットサービスの利用時間に移っていることがわかる。

ネット利用、つまりはデバイスの変化に対応していないケーブルテレビを始めとするメディア領域のプレイヤーはユーザー数を減らし続けている。

Cord Cutterが使う動画ストリーミングサービス

こういった通信・デバイス・コミュニケーション・メディアの変化により、ネット利用(特に動画ストリーミングサービス)の利用が増えているのは周知の事実である。

動画ストリーミングサービスの中でもトップを走るNetflixは2020年1月現在、1億6,500万人もの会員数を抱えている。1億人を超えるユーザーが毎月約1,000円を課金している超巨大企業であるNetflixだが、その収益のほとんどをコンテンツ制作に当てていることは有名な話である。

Bloomberg Intelifenceによると、各ストリーミングサービスのコンテンツ制作費用は以下である。

Netflix:$18.5 billion

Amazon:$8.5 billion

Apple TV+:$6 billion

Hulu:$4.5 billion

Disney+:$2.5 billion

HBO Max:$2 billion

Peacock:$1.5 billion

Quibi:$1 billion

CBS All Access:$1 billion

これらは他の従来型有料TVサービスの制作費と同等もしくはそれ以上のものとなっており、動画を配信するだけのサービスではなくなってきている。

また、AlphabetはYoutubeの2019年の広告収入が$15 billionであり年36%の成長をしていると発表するなど動画ストリーミングサービスの勢いは止まらない。

一方、Bloombergによると、コムキャスト, ディッシュ, AT&Tなどの従来型有料TVサービスはCord Cuttingに対抗するため価格を引き上げ、結果的に2018年第3四半期に過去最大となる104万件の契約を失ったという。2019年第3四半期には、Comcast, AT&T, Verizon, Charterの大手有料テレビ企業4社で174万人の動画契約者を失っている。

動画ストリーミングサービスの勢いにより、Cord Cuttingが進みケーブルテレビを始めとする従来型有料TVサービスの契約者数が減っているのは明らかである。

ちなみに日本の地上波テレビ局の番組制作費は下記のようになっており、Netflixの制作予算は$18.5 billionであるため、民放5局の合計の5倍の数字であることがわかる。

TBS:$0.91 billion

日本テレビ:$0.89 billion

テレビ朝日:$0.80 billion

フジテレビ:$0.71 billion

テレビ東京:$0.36 billion

計: $3.67 billion

Cord Cutting時代のメディア戦略

Cord Cuttingが進み、動画ストリーミングサービスが伸びる中、業界全体で以下の動きが見られている。

  1. オリジナルコンテンツへの投資・マーケティングの強化

  2. Content is King → Creator is King

  3. 新たなプレイヤーの参入と統合と分離

1. オリジナルコンテンツへの投資・マーケティングの強化

動画ストリーミングのマーケットは機能的な差異が少なく価格帯も似通っているため、コンテンツの違いがユーザー獲得に大きな影響を与えていると言われている。

そのため、「●●でなければならない」理由としてのオリジナルコンテンツへの投資はサービス開始初期より活発に行われており、アカデミー賞にノミネートされるほどの良質なコンテンツは年々増えている。先述したNetflixは約2兆円を収益としてユーザーから売上げ、ほぼ同額をコンテンツに投資しており、映像配信サービスかつ世界最大の映画製作会社とも言える存在になっている。

Financial Timesによると、過去8年間でアメリカの映像コンテンツの数は129%増加したが、人口はわずか6%の増加に過ぎないと述べており、過剰とも言えるほどコンテンツへの投資は盛り上がっている。

コンテンツ供給側にとっては売り手市場となっているが、新しいオリジナルコンテンツの数が多すぎてオーディエンスの注目を引くことが難しくなってきているため、各社マーケティング予算も年々増えている。

スポーツなどの放映権は依然として大手が保有しているケースが多く、しばらくはコンテンツを中心にしたマネーゲームは続くであろう。

2. Content is King → Creator is King

オリジナルコンテンツへの投資が増えることは、クリエイターへの投資が増えることを意味する。

他の動画ストリーミングサービスと差別化された良質なコンテンツを生成するために、Netflixなどを中心に優秀なクリエイターを破格の契約金で自社に移籍させる動きが出始めている。ただの映像配信会社ではなく、コンテンツ制作会社としてのカルチャーを醸成するための土壌が急速に出来上がっているのだ。

コンテンツの投資とともに、クリエイターへの投資も今後加速すると予想される。

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3. プレイヤーの参入と統合と分離

各動画ストリーミングサービスはマーケットリーダーになろうとコンテンツを中心に投資を加速させている中、以下のような動きが各社みられる。

  • メディア業界全体でのSVOD(サブスクリプション・ビデオ・オン・デマンド)ビジネスへの参入

HBOなどのケーブル会社もHBO NOWといった動画ストリーミングサービスを始めたように、スタジオ各社、TV局、通信キャリア、アップル及びフェイスブックなど大手IT企業等々のSVODサービスへの参入が多く見られる。

  • 統合によるコンテンツの奪い合い

ディズニーによるFOXの買収、AT&T社によるタイム・ワーナーの買収など、各社コンテンツの確保に邁進している。乱立するプラットフォームの行く先として各社が統合に向かう形は自然であり、まだまだコンテンツ獲得を目的とした各社の統合は増えるだろう。

  • 独自の強み(ブランド・コンテンツ)を持つプレイヤーの独立

ディズニーがNetflixから2018年末に作品を引き上げ、月額サブスリプション型の動画配信サービスDisney+があ2019年にローンチされた。マーケット全体として投資フェーズが続くSVODビジネスに参入することは資本力などのハードルが高いが、独自のブランドやコンテンツを武器に参入するプレイヤーも現れている。ディズニーは他とは競合しないコアなファンを持つコンテンツを持っていることが強みである。ブランド力を武器にNetflixがトップを走る動画ストリーミングサービスのマーケットに参入し、Netflixからの流入だけでなくCord Cutterの潜在層の獲得を狙っている。

  • 動画ストリーミングサービスと従来型有料TVサービスとの提携

Cord Cutterの割合が2020年にアメリカ全世帯の1/5になると言われているものの4/5は依然として従来型有料TVの契約者である。レイトマジョリティである彼らへのリーチを目的とし、ケーブルテレビと提携するプレイヤーが出てきた。Netflixは2,200万世帯の加入者を抱える最大手のケーブルテレビ事業者であるコムキャストと2016年に早々と提携を開始し、ケーブル経由でコンテンツを一部配信するなど視聴者数を増やしている。動画ストリーミングサービスを新規で立ち上げるコストやその後の競争を考慮すると、ケーブルテレビ側としてもメリットのある提携のように思われる。

最後に

ここまでCord Cutting及びそれが増加している背景としてのデバイスや通信及びコミュニケーションなどの周辺環境、動画ストリーミングサービスのトレンドを述べてきた。

上記で述べたトレンドは今後も加速するとともに、2020年にアメリカで全世帯の1/5になると予想されているCord Cutterの数も伸び続けるであろう。放送局のような電波ビジネスは地域を限定させるが、動画ストリーミングサービスはインターネットを通じて全世界中への配信が基本的には可能となる。Cord Cuttingの言葉は日本にとってはあまり馴染みのない言葉かもしれないが、その背景に存在する動画ストリーミングサービスの利用率は日本でも急成長している。リモコンで地上波テレビ局のチャンネルを選択し無料で動画を閲覧できるテレビ視聴の周辺環境も、アメリカとは違えど徐々に変わってきているのではないだろうか。

アメリカで起こったCord Cutting及びそれに伴うメディアの再編は、日本のメディアビジネスの変化を読み取るうえでのヒントになるであろう。

表題画像:Photo by Glenn Carstens-Peters on Unsplash (改変して使用)‍

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